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楽譜

嘆きの喇叭吹きTでございます。お久しぶりで。

突然ですが、私たち楽器を嗜みとしている人間にとって楽器の次に優先順位が高い持ち物(まさか楽器は二の次だなんて方、いませんよね?)。そうです、ペットボトルのお茶…ではなく楽譜ですよね?曲を作り上げていく為の指示書。この通りに演奏すれば曲は完成しますよ、という。

ご存知、楽譜には作曲者の想い描く世界が音符と記号、そして(私には)どこの国の言葉だか解らない難解な表現用語で、音楽特有のルールに基づき必要であろう情報が盛りだくさん記されています。
ふと、こう思う訳ですよ…きっと作曲者は頭を掻きむしりながら辛酸を舐め、苦渋の葛藤と決断を幾多となく乗り越え、漸く完成に漕ぎ着け、日の目を見たであろう曲、そして楽譜。敢えて、時の芸術なる手法、即ち、音楽を用い、何かを形にする、表現する事に挑んだ偉人の足跡。彼等には溢れんばかりの才能はあったのでしょうが、しかし生みの苦しみは私のような凡人には計り知れないものがあったに違いない…と。
いやはや、楽譜という薄い紙の向こうには果てもない壮大な人間ドラマがあるはずなんです!

それをですよぉ!私の様な一介のアマチュアが、だ、やれ難しいだの音が高いだの吹かせ過ぎだの♯や♭がイッパイ付いてやがるだのと勝手言いたい放題で。なんともまあ不躾で失敬な言い種なんざましょ!

ん?
話が場外乱闘の様相呈してしまいましたナ。ヤレヤレ…w

実に有難いこの楽譜、必要な情報が沢山詰まった楽譜なんですが…いざ吹いてみると…吹けないんですよ!実は。
正確には“ちゃんと吹けて無い”!!
楽譜に記された情報を10とすれば実際に音として出てくるのは甘く見積もっても5、6です。
話しになりませんワ。

今更ながらそれに気付きましてね…アマチュアであってもそんなんでイイのか?仮にも人前で演奏するんだぜ?と…。何年も喇叭を吹いていて情けないやらなんやら。
聴衆である私は吹き手である私にこんな事を怒鳴ってます。
「何も足さず、何も引かず楽譜に忠実に吹くんだよ!吹き手はそれを満足させる為のテクニックを先ずは身に付けるんだろ?色付けはその後っ!下手くそっ!」
…トホホであります。

皆様は如何ですか?
聴衆としての自分と吹き手である自分に途方もない乖離はありませんかね?
アマチュアであろうと志は高くないと練習していてもツマンナイでしょ?

そーいえば!テーマがあったね。“自分の楽器のココが好き”だぁ〜?
…無いよ、そんなもん。以上!





そう言ったのでは身も蓋もありませんから。
トランペット、目立つでしょ?主旋律たくさん吹けるし。ハイトーンとかキマるとカッコイイしさ。…と昔は言っていたような気がします。
しかし、その裏は見ていなかったんだね…。
目立つという事はミスした時のリスクは甚大。
主旋律を吹くという事はハズしたら、それがまたサビの部分だったりした日にゃガッカリ度は絶頂でしょ。
ハイトーン、キマらなきゃ奈落の底。
私はトランペット好きなんですがトランペットは私を好いてはくれてないみたい。(泣)

長文、悪しからず。m(._.)m

自虐と後悔。反省を糧に喇叭を携え幾年月。
今日も吹く吹く嘆きの喇叭吹きTでございました。

ではまた。